パン屋として、交流から新しい物事を生み出す場として | one too many mornings(磐田市)
2016/10/17
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いつもの朝、いつもの日課。パンに関する情報をネットで調べていると、「one too many mornings(ワントゥメニーモーニングス)」という店名のパン屋さんがヒットした。どうやら静岡県磐田市のベーカリーで、天然酵母パンを販売しているらしい。ここまではさほど他のパン店と変わりはない。しかし、店名に心躍ってしまったのである。もしかすると、ボブ・ディランのアルバム『時代は変る(The Times They Are a-Changin’)』に収録された「one too many mornings」からインスピレーションを受けているのでは無いだろうか?と。すぐさま公式ツイッターアカウント(@OneTooManyMorns)に問い合わせると、思っていた通りの返信があった。筆者は音楽の仕事をしているため、この大変嬉しい出来事で、お店に関心を抱くきっかけとなった。
さらに嬉しい出来事は続く。直後に見覚えのない名前の方からメッセージを頂いた。その方はパン職人であり店主の大場俊明さんをサポートする、大場千夏さんだった。実は9年前くらいに筆者は東京の小さな映画館でスタッフをする機会があり、そのとき、配給会社に勤めていた千夏さんと知り合った(千夏さんはその後結婚されたため、当時は旧姓だった)。そのときは彼女も音楽が好きとのことで、話が弾んだことを覚えている。スタッフ期間が終了したことで疎遠になっていたのだが、聞くところによると、3年ほど前に都内から静岡県内に引っ越し、パン屋を開業したのだという。出会った当時はもちろん、僕はパンに全く興味が無かったため、パンの話なんて一言も出なかったのだが、こうして再開するという事実に、本当に驚くとともに嬉しい気持ちがこみ上げてきたのだった。
2014年8月30日に京都二条カフェパランで食パンをコーヒーと共に楽しむイベント〈PAINLOT presents “TOAST and COFFEE” at Cafe Phalam〉を開催したのだが、「山型食パン」を送って頂くなど、協力して下さったこともあった。そして9月初頭、ついに実店舗へ伺う機会を得た。取材も快く受けて頂き、念願かなっての来店。前置きは長くなったが、one too many morningsを紹介したい。
one too many morningsへの交通手段
約15年ぶりに浜松駅へ到着。2011年に駅前の大型デパート「遠鉄百貨店」新館がオープンしたこともあって、過去の記憶に照らしてみると人出もあって賑わっているように感じた。
さて、one too many morningsへのアクセス方法だが、お店は駐車場(4台)もあるため、浜松市近辺在住の方は車で行くのが便利だろう。筆者は浜松駅発着の遠鉄バス「80 橋羽 中ノ町」「80 磐田駅 見付」行きに乗って約30分。天竜川を越えた「長森」で下車し、歩いて約2分程度でお店へ到着。東海道本線の豊田町駅から徒歩で行けなくもないが、距離は約2kmで25分弱歩く必要がある。なお、タクシーで向かう場合だが、お店は県道261号線沿いで、262号線との交差点「長森」を目指すとよいだろう。
久しぶりの再開
11時半過ぎに到着。蒼いのぼり「天然酵母パン」が風になびき、「パン焼けました」「カフェ営業しています」の看板が店前に出ていた。one too many morningsは、毎日ではないものの、カフェ営業があって、この日はお昼すぎということでランチで来店している子供連れのファミリーもいた。筆者もカフェでサンドイッチとコーヒーを頂きながら、久しぶりに再開を果たした大場千夏さんからお話を伺うことにした。
磐田市内にパン屋兼カフェをオープンするまでの経緯
「旦那がUターンしようと考えていたことと、(夫の)親のことを考えると磐田市に戻らなきゃいけないこともあって。夫はもともと編集などの仕事をしていましたが、こっちでそういった仕事が無いじゃないですか。それと、昔から職人に憧れているところがあって「陶芸とかの職人さんっていいな」って思っていたみたいです。私がパンが好きだったこともあって、こっちにおいしいパン屋さんが少ないから「パン作ってくれる?」って話したら、「あ、いいよ」って言ってくれたんです。」
「それから仕事をしながら三鷹にあったパン教室(『ポリ袋で作る天然酵母パン フライパンや鍋で手軽に焼ける』『食べてきれいになる 天然酵母パン』などの著書がある梶晶子さんが主宰していた天然酵母パンとスープの店&パン教室「happyDELI」。現在は杉並区に移転してレッスンをメインに活動中)に、隔週とかで週末に三年近く通って、仕事を辞めてお店を開けました。」
パン屋として独立するためにはいくつかの方法がある。製菓製パンの専門学校で学び、卒業後に大手などに就職し、修行後に独立すること。これが一番オーソドックスな過程である。次に、かなり大変だが、どこでも学ばずに小さなベーカリーに飛び込んで、働きながら全工程を学ぶという方法もある。サラリーマンとして働きながら、週末にパン教室に通って、いきなりパン屋を開いた大場さん夫妻は相当勇気を必要としたと思う。
しかも駅からも距離があって、近所付き合いもほとんどない中での出店だ。夫妻には小さなお子さんが2人いて、これから生活費の負担も増えていくし、不安は大きかっただろう。磐田市に移住することは前々から決まっていたが、東日本大震災が夫妻にとって、大きな転換点となったと言う。
「3.11前から東京を離れることは決まっていましたが、震災があってから子供を外に出せなくなったりだとか、安心してご飯を食べさせることができなくなったというのもあって、閉塞感が生まれたんです。震災前は東京で子育てをしたいと思っていたのが、むしろ移住することに対して前向きに捉えることができるようになったんです。」
筆者は2008年に東京から京都へ移住したため、震災の直接的な影響は受けていないが、テレビやメディア、SNSなどの状況を通して多くのことを考えた。例えば、子どもたちはマスクを付けながら遊ばなければならず、土遊びは危険と言われていた。震災直後の食品・水に関してのパニックは特に凄まじかった。小さな子どもを持つ家庭にとっては、非常に大きな不安が襲った事実は否めない。
「地震のあとで「東海地震もあるかもしれない」などの不安もありましたが、子供を外で遊ばせたかったし、磐田市は地場のものを食べても安全で、それが安心につながったというか。いつまでも東京に居たいという気持ちも無くなって。」
こうして前向きな移住を考えるようになった大場夫妻。磐田市に移住し、パン職人となった夫について、千夏さんは笑顔で以下のように話してくれた。
「夫は孤独に物を作ることが性に合っていると思います。それがパン作りでできていることはいいことですが、労働時間の長さにびっくりしたみたいです。お店をする前は、朝早く始業しても早く終わって、16時くらいから飲んで早く寝る。と考えていたらしいのですが、接客も片付けも仕込みも大変で思い描いていた生活にはならなかった(笑)。私は騙したつもりはないんですけど、「騙された、騙された」って言われました(笑)。」
パンの取材をするとびっくりするのだが、特にリテイルベーカリー(個人経営のパン屋さん)は労働時間が長くなりがちである。己のこだわりを強く持っている人が、個人店をオープンするという理由もあるからだが、パン作りは想像以上に体力仕事で、休みの日も仕込み作業がある。また、自家製天然酵母などでパン作りをしている場合は、生イーストやドライイーストなどに比べると発酵時間が長くなって、必然的に労働時間も長くなるし、一日の生産量も減ってしまう。しかし、大手に出来ない強みが個人店にあるのも事実。そのひとつがお店づくりだ。
「場所は磐田市内で探したんですけど、あまりいい場所が見つからなくて。このお店は私の友達からの紹介です。オフィスとして使用されていて、広さもありました。静岡県は製菓製パンとカフェでキッチンを分けて作らないといけないので、広くないといけなかったんです。もともとカフェをする予定でしたから。」
お店のドアをくぐると、ショーケースに入ったパンが迎えてくれる。その隣にはショップカードやイベントのフライヤー置き場もあった。
カフェスペースは開放感のある大きな窓から光が差し込み、晴れた昼間は特に居心地良く過ごすことが出来る。木目調で暖かさのあるテーブルと椅子、そして白い壁が清潔感と落ち着いた佇まいを演出していた。大場さん夫妻は音楽や映画に造詣が深く、筆者はそういった趣味や嗜好を比較的に出したような店作りをされているのだと思っていたが、誰でも入りやすく利用しやすいスペースとなっていたことに少し驚いた。しかし、そういった店作りをされているからこそ、小さな子供連れのファミリーや年配の方々にも来て頂けるベーカリーカフェになっているのだろう。
カフェでサンドイッチとコーヒーを味わう
カフェでは「Aセット 今週のサンドイッチ+今週のスープ+今週のコーヒー」「Bセット 今週のサンドイッチ+今週のコーヒー」「Cセット 今週のサンドイッチ+今週のコーヒー」「Dセット バタートースト(日替り)+今週のスープ+今週のコーヒー」「Eセット フレンチトースト+今週のコーヒー」が用意されている。ほかにも紅茶、ハーブティー、ジュースやソーダ、パンのイートインが可能。アイスコーヒーのテイクアウトにも対応しているので、マイボトル持参で行ってみるのもいいかもしれない。
筆者はBセットを注文。本日のサンドイッチは山型食パンを使った「ミートとマッシュポテト」。ホシノ天然酵母種の山型食パンはもっちり感を適度に残しつつ、さっくりとした食感。カリッと焼き上げてくれるので、ホットサンド風でもある。天然酵母による酸味はないため、食べやすい。キャベツの千切りはシャキシャキとしていてフレッシュ。濃いソースがマッシュポテトに染み込み、コロッケサンドのような味わいだった。サンドイッチ用のパンは、全粒粉やカンパーニュの場合もあるそうだ。
スペシャルティコーヒーはタンザニア ブラックバーン農園の珈琲豆。フルーティーなコーヒーが流行する中で、濃い苦味を強調していて、後味もしっかりとしていた。甘いパンやフレンチトーストなどのアクセントとしても相性が良さそうだった。スープは未オーダーだが「にんじんとトマトの豆乳ポタージュ」を提供していた。今週のメニューについては公式ツイッターアカウントで告知しているので、確認することも可能だ。
必要最低限の厳選材料で安全安心のパンを作る
one too many morningsは北海道産小麦、ホシノ天然酵母種、奄美産きび砂糖、ゲランドの塩を使ってパン作りをしている。どのような想いでパンを作っているのかということを中心に話を聞いた。
「パンは15種類くらいでいつも「少ないね」と意見を頂きますが、やはり1人で用意するのはこのくらいが限界ですね。業者さんが卸してくれるようなフィリングは使いたくなくて。かと言って全てを作る時間も取れません。だからこの種類と数に落ち着いたんです。シーズンで1〜2種類は変わりますが、あとはオープン当初から定番の品になります。どこかで修行したわけではないですし、器用でもないから作れないというのもありますし、乳製品と卵は不使用なので、技術的なパンを必要としていないという理由もあります。」
「食べもののことは前々から気にしていましたが、パンも外国産は残留農薬の話がありますよね。毎日食べるものですし、子供に食べさせるので、何が入っているか分からないものはできるだけ避けています。小麦も放射能検査をしているものを使っています。粉は100%北海道産小麦です。膨らみはあまり良くないですが、味は日本人が食べて美味しいものだと思います。そして卵とか牛乳などは入れていません。」
山型食パン
北海道産小麦はもちもち感と甘味が特徴。ホシノ天然酵母種は酸味がなく、老若男女問わず安心して毎日食べることが出来る。非常にシンプルな食パンだが、それ故にサンドイッチにしたり、夜はごはんのかわりに食べたりとアイデア次第でバリエーションが何通りにもなる。ご飯のようなもっちり感からどういうわけか「エビチリや中華に合わせたい」と思った食パンである。
平田町のあんこ屋さんのマフィン
「お客様の年齢層はばらばらですが、ご年配の方が多いです。パンの売れ行きが悪くなる夏でも変わらず買いにきてくれたり、ありがたいですね。この辺りの方は甘いパンが好きで、デニッシュなどを求められることが多いです。バター入りのパンは作っていないので提供できませんが、人気があるのは「あんこマフィン」です。」
浜松市にて1899年に創業した内藤製餡所の粒あんが入ったマフィン。小豆特有の苦味を残した甘さ控えめの餡は、生地全体に練りこまれ、マフィンの食感にリズムを生む。もっちりとした生地からは小麦の甘味を味わえる。スライスしてバターやクリームチーズを塗ったり、蜂蜜をかけてもおいしく食べることが出来る。
one too many morningsのパン
黒オリーブとローズマリーのフォカッチャ
食べ応えのある外皮に黒オリーブがギュッと埋め込まれている。口の中でローズマリーの香りが大きく広がっていき、呼吸をすることで鼻孔へと立ち上っていく。じゅわっとしたフォカッチャの中身の部分に、程よく塩味が染みこんでいき、それがやみつきになる。オリーブオイルをよく使う人や、お酒が好きな人におすすめしたい。
愛媛県産甘夏ピールのほろ苦パン
すっきりとした酸味と柑橘系の苦味が柔らかく広がる。そのままでも充分においしいが、トーストすると果肉の甘味が強調される。チョコスプレッドをかけてオランジェット風にしたり、柑橘系ジャムなどで酸味の違いを味わったりするのもいい。
one too many morningsは乳製品と卵不使用で、アレルギー等がある人向けにも対応している。クロワッサンやデニッシュなどの華やかさのあるパンは販売していないが、各種材料は産地を確認し、充分に安全を確認した上で、製パンに使用されている。小さな子どもを持つ夫妻だからこそ、そして東京で震災直後を経験したことがパン作りに影響している。
筆者の思い込みかもしれないが、静岡県は昔ながらの甘いパンや惣菜パンなどを好む傾向があり、県内のパン屋さんを見てみると、いわゆるフランスパンやドイツパンなどのハード系中心のベーカリーはさほど多くない。one too many morningsのパンはどちらかと言うと、噛みごたえのあるものが並んでいるが、比較的に食べやすい。特にハード系ベーカリーが少ない磐田市の中では貴重な存在であり、また、ソフトなパンが好きな人たちにも受け入れられているように思う。その意味でもラインナップやセミハードっぽい食感などの落とし所は、磐田の人たちに合っているのではないだろうか。もちろん、全粒粉やライ麦の香ばしさを味わえるパンもあり、県内のパン好きにおすすめできるし、カフェでコーヒーも楽しんでほしい。
磐田市の小さなパン屋として、そして発信できる場として
カウンターの後ろに目を移すと山積みのCDがあった。ボブ・ディランはもちろん、ニール・ヤング、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、チェット・ベイカー、キリンジ、デブラージ、ボ・ガンボス、あぶらだこ、ゑでぃまぁこん、YMOまで揃っている。多種多様の音楽嗜好を持つ大場夫妻の一面が見えてきた。
「ライブを2〜3ヶ月に一回程度行っています。自分たちで開催するものもあるし、持ち込み企画も受け入れています。丸イスを30個くらいとテーブルを並べてやったり。近くのイベントスペースですが、磐田にライブハウスがひとつ、浜松には何軒かありますね。うちのカフェは会場費を取らないので、ミュージシャンの方々も使いやすいのではないかと思います。あとは自分たちが見たいアーティストに来てもらう(笑)。私たちは忙しくて、なかなか見に行けないですし、静岡や浜松に来てくれないですからね。私も夫もミュージシャンとのつながりがあるので、使ってほしいですね。でも、主催するのはとても大変なので、企画してもらうことが多いです。私たちもこだわりがあって、誰でもいいというわけではありませんが(笑)。今のところは、私たちの知人が「このお店に合うかな」と考えてから企画を持ち込んでくれるので、すんなりと開催しています。アコースティックだけではなく、PAも入れて演奏していますよ。」
one too many morningsは2014年9月にカフェをオープンしてから、都内のミュージシャンにツアーの一環としてライブサポートを行うなど、イベントスペースとしても貸し出している。これまでにモモナシ、Likkle Mai & The K、asuka andoなどのレゲエ系アーティストが演奏。大場千夏さんはイベントを実施していることについて、こう話してくれた。
「京都は京都の刺激があると思うんですよ。学生の街ですから若い人たちもたくさんいて、新しいお店もたくさんできていますよね。しかしこちらは刺激が少ないんです(笑)。浜松には楽しいことがたくさんあって、私たちもよく行ってしまうんです。磐田市は本当に何もないから…。地方都市で、自分たちで何かやらなければ面白いことに出会えない。新しいこととか面白いことを求めていない人もいっぱいいるし、その反対で、求めている人がいることにも分かりました。」
「近所のR食堂や面白いことをやっている人たちは磐田市でも少なからずいるんですよね。規模も地域もすごく小さくて狭いから、すぐに繋がれるんです。オープンして3年ですが、そういった繋がりができてきて、ここから発信していったりだとか、さらに繋がっていけたらなと思います。「つまんない、つまんない」って言ってても仕方がない。面白くしていかないと。」
「ライブ以外にもマーケット、上映会とかもしたいですね。自分たちのコネクションを使って、出来ることがあったらやりたいなと思っています。今だったら安保法制で揺れているから勉強会も開催したい。せっかく場所を作ったので、どんどん使ってほしいです。「おいしいパンを食べたい」というのと、「場を作りたい」という気持ちがあったから。」
「単にパンが美味しいというだけではなくて、それ以上の何かというか。色んな人に出会いたいし、出会ってほしい。私も旦那も今までやってきたことがあるから、それは強みにしていきたいです。将来的な展望は……そうですね、「今を生きる」という感じです(笑)。その中でも面白いことをしていかないと辛いだけになっちゃう。色んな人に刺激をもらいつつ、地方でも楽しく暮らしていけたらなと思います。そして発信していけたら。」
one too many morningsは小さなベーカリー&カフェだ。形態としては「パン屋」であるが、この場所を通して、僕たちの意識に問いかける。一人の青年が少しずつ少しずつ時代を変えたように。
one too many mornings(ワントゥメニーモーニングス)の詳細
- 【店名】one too many mornings(ワントゥメニーモーニングス)
- 【住所】〒438-0835 静岡県磐田市豊田西之島259(グーグルマップで確認)
- 【電話番号】0538-84-6457
- 【営業時間】10:00〜18:30(現在18:00閉店。完売次第終了)
- 【定休日】日曜日・月曜日